
2007.
9. 10
タイトル: Acute stroke mortality and air pollution: new evidence from
Shanghai, China
著者: Haidong Kanら
掲載雑誌: J Occup Health: 45: 321-323, 2003.
1) はじめに
中国の上海における調査報告です。近年、経済成長の著しい中国ですが、工場等からの
排煙による大気汚染が大きな社会問題となっています。2002年に、韓国のグループが、大気
汚染は脳梗塞による死亡の危険因子の1つである可能性があるという内容の論文を発表しま
したが(Stroke 33: 2165-2169, 2002)、今回の論文では、中国における大気汚染物質と脳卒
中による死亡との関連性について調査されています。
2) 概要
2001年1月1日から2002年12月31日までの2年間、脳卒中による死亡を調査し、毎日の平均
気温、相対湿度、露点温度(水蒸気を含む空気を冷やしていくときに、その水蒸気が水滴を形
成し始める温度)といった気象因子や、大気汚染物質(PM10、SO2、NO2)の濃度との関係を統計
学的に検討したところ、脳卒中による死亡率と大気汚染物質(PM10、SO2)の濃度とは関連性
があったとのことです。(なお、PMとは粒子状物質(particulate matter)の略語です。)
すなわち、経済成長による大気汚染が脳卒中による死亡を増加させる可能性があるというこ
とになります。
3) 私の意見
「はじめに」で引用した韓国のグループの論文は、Stroke(脳卒中)という、医学雑誌の中では
とても権威のある雑誌の1つに掲載されたものですから、信用性は非常に高いと思います。この
論文の具体的な内容については、次回ご紹介することにいたしましょう。
今回の論文は、Short Communicationという、論文の中では文字数の少ない短い論文となって
います。もちろん、内容が劣ると言うわけではありませんが、文字数制限がある分、やや物足りな
い印象があります。
しかしながら、結論として、中国でも韓国と同様に、大気汚染物質が脳卒中による死亡の原因
となりうることを示したことは、とても意義のあることだと思います。この論文では、大気汚染物質
の濃度が上昇すると、どうして脳卒中が上昇するのかについて、そのメカニズムを詳しく説明して
いません。おそらく、大気汚染物質が体内に取り込まれると血管が直接刺激されてしまうのか、
咳き込んだりストレスが多くなることで血圧が上がるのかどうかわかりませんが、いずれにせよ、
大気汚染物質が脳血管に何かしらの悪影響を及ぼすおそれがあるのだろうと考えられます。
この点、大気汚染に対する曝露が増えると、心筋梗塞や致死性の不整脈、血液粘調度の上昇
(ようするに、血液ドロドロ)、炎症反応の増加などがみられるという報告もあります。
ところで、日本ではどうでしょうか。
日本における脳卒中(脳血管疾患)による死亡は、第2次世界大戦後(約120万人)から増加し
て昭和40年頃にピークに達し(約170万人)、以後減少傾向にあります(下図厚生労働省の公表
データによる)。

それでは、はたして昭和40年頃から大気汚染が改善したのでしょうか。
残念ながら、大気汚染は、現在継続している訴訟もありますから、顕著に改善したとはいえない状
態だと思います。たしかに、戦後〜昭和40年にかけてという高度成長期に脳卒中による死亡数が
増加し、その後、減少していますが、昭和40年はまだ公害について国の積極的な対策がとられてい
なかった時期ですから(いわゆる公害国会は昭和45年です)、大気汚染が昭和40年頃に終息したと
はとても思えません。やはり、昭和40年以降も大気汚染は続いていると考えられます。
そうすると、昭和40年以降に脳卒中による死亡数が減少したのは、大気汚染が改善したためでは
なく、他に何か別の要因が影響したと考えるのが妥当でしょう。私は、脳卒中治療の進歩がその
要因の1つだと思います。ちょうどその頃、脳神経外科学会で日本で初めての専門医制度が導入
され、脳卒中治療の専門化・画一化が図られるようになりました。一昔前は、脳卒中は不治の病で
生命が助かったらもうけもののようなイメージがあったようですが、現在は、全く違います。何とかし
て救命すべく、様々な科学技術を駆使し、開発された治療薬を使用して、脳卒中による死亡をくいと
めることに成功できるようになってきたのです。
今回の論文では、大気汚染物質と気象因子のみを脳卒中による死亡に関する因子としてとりあげ
ていますが、医療技術の進歩の程度などの他の因子を検討する余地がありそうです。また、大気汚
染物質の毎日の濃度測定値を因子としていますが、日毎の測定値だけではなく、大気汚染にさらさ
れていた期間についても考慮する必要があると思われます(たとえば、じん肺などの疾患は、長期
間の曝露が問題となります)。
結局のところ、大気汚染が人体に悪影響を及ぼすことには間違いありません。国の政策はもちろん、
われわれ個人のレベルでも、なるべく有害物質を排出しないように環境対策に積極的に取り組まな
ければなりません。このような大気汚染物質の排出予防への個々の取り組みこそが、脳卒中の発生
を減らす有効な一助となることでしょう。
