「温泉は健康寿命の延伸に寄与するか―温泉を利用した健康増進施設を開設したJ
町の3年間の追跡調査―」
鏡森定信、立瀬剛志、中谷芳美、松原 勇、広田直美、梶田悦子
日温気物医誌69(3): 187-194, 2006
1)要旨
この研究は、人口約1万人の富山県J町の住民(40歳以上)を対象にした追跡調
査研究です。住民がJ町に開設された健康増進施設(温泉使用)を年に何回利用す
るかについて、@1回以下、A2回以上の2つのグループに分け、3年間で、@)死
亡、A)骨折、B)脳卒中、C)認知症、D)福祉施設入所、E)長期入院、F)
寝たきり、G)糖尿病といった事象が発生する頻度を比較したものです。結果とし
て、健康増進施設の利用頻度の多い群(A)で、@)死亡、A)骨折、B)脳卒中
の発生が有意に少なかったとのことです。
2)私の意見
● 温泉の効果
温泉と健康との関係はよく知られています。
通常の入浴でも、全身が温められるので末梢血管が拡張して血圧が下がります
が、その効果は一時的といわれています。一方、温泉浴の場合、通常の入浴と異な
り、炭酸ガスあるいは硫化水素ガスなどが含まれているため、これらのガスが皮膚
から体内に侵入して血管拡張作用を発揮します。すると、末梢血管の抵抗が下がる
ことによって心臓の拍動が楽になり、降圧効果がしばらく持続します。すなわち、
温泉浴は、高血圧症を改善する持続的効果があるのです。
さらに、高血圧症の患者さんの場合、動脈硬化により末梢血管が細くなっている
ために、心臓からの血液拍出量(心拍出量)が低下していることが多く、全身の血
流不全状態にあります。そこで、温泉浴により末梢血管を拡張させ、その抵抗を低
下させると、脳や腎臓、冠動脈(心筋を栄養する動脈)の血流を改善することが知
られています(「入浴・温泉療法マニュアル」日本温泉気候物理医学会・日本温泉
療法医会、1999年4月、48頁)。また、温泉施設でストレスを発散し精神を安定さ
せ、気分をリラックスさせるという効果もあるでしょう。
ただし、入浴前後には、個人差はありますが、血圧が10〜30 mmHg変動すること
が知られており、特に42℃以上の高温浴でその傾向が強くなります。また、全身浴
では肺や心臓が圧迫されるために心臓への負担が大きくなりますし、冬季には脱衣
所が寒いために、血圧が上昇しやすくなります。さらに、入浴によって血液粘度が
上昇(つまり、血液ドロドロ)し、その効果は入浴後90分間程度持続しますので、
血栓ができやすくなります。このように、温泉浴には人体への危険も伴っています
ので、心臓病や脳卒中などの入浴事故を予防しなければなりません。
この点、「入浴・温泉療法マニュアル」(43頁)によれば、入浴事故防止のため
の注意事項として、
@ 42℃以上の高温浴は避け、それ以下の温浴を反復する。
A 首まで沈める全身座位入浴は避け、水位を心臓下に保つ浅い入浴にする。
B 入出浴時の血圧の急変動を防ぐうえで、入浴前の部分浴、緩徐な出浴を心が
ける。
C 寒冷暴露による血圧変動を防ぐために、寒冷期では浴室や脱衣室を温暖にす
る。
D 出浴後30〜60分は横臥し、飲水(400〜500ml)を心がける。
E 溺死例が少なくない点から高齢者の単独入浴は避ける。
以上の6項目が推奨されています。
● 本研究について
本研究の結果によれば、健康増進施設を年に1回以下しか利用しない人のほう
が、2回以上利用する人よりも、死亡、骨折、脳卒中が発生しやすいというもので
した。
健康増進施設の利用回数の増加と脳卒中の発生頻度の減少との因果関係は、一見
すると、「遠い」印象があり、いわゆる「風が吹けば桶屋がもうかる」のようなも
のと思われるかもしれません。
しかし、前述のような温泉の持続的降圧効果やリラックス効果を考えれば、温泉
の利用頻度の多い人のほうが少ない人よりも健康的であるといえそうです。
もっとも、「健康だから温泉施設へ行ける」という逆の見方も可能です。
この点、本研究の考察では、運動習慣や日常生活の質(QOL)などの多数の因子
も考慮して統計学的に検討したところ、結論として、「温泉の利用が健康にいい影
響を与えている」と考えられるとしています。
健康増進施設には、レジャー施設としての側面もあり、周辺地域への経済効果も
期待できることでしょう。健康寿命の延伸と社会経済の活性化に寄与する健康増進
施設は、多くの人々にとって有益であり、日常の小忙しい生活から解放され健康を
維持するためにも、ぜひ利用したいものです。ただ、その際には、前述の6項目に
注意し、また、はめをはずしすぎて飲酒後の入浴などの危険な行為はしないように
気をつけましょう。